馬の「馴致(じゅんち)」とは?人に慣れるまでの過程と知能・学習能力を解説

「馴致(じゅんち)」という言葉を聞いたことはありますか?
乗馬クラブに行けば、当たり前のように人を背に乗せ、手入れをさせてくれる馬たち。大昔から人の隣にいる動物ですが、実は彼らは生まれつき人間を乗せてくれるわけではありません。
本来、馬は警戒心の強い草食動物です。そんな彼らが人とパートナーになるために欠かせない通過点、それが「馴致」です。
今回は、馬がどのようにして人と信頼関係を築いていくのか、最新の「動物の知能」の視点も交えながら解説します。
1. そもそも「馴致(じゅんち)」とは?
辞書的な意味では『①慣れさせること ②次第にある状態になるようにしむけること』とあります。
馬の世界においての馴致とは、「馬が人間社会の環境やルールに順応し、安全に付き合える状態にすること」を指します。
馬にとって、背中に得体の知れない生き物(人間)を乗せることは、本来であれば恐怖でしかありません。野生の馬であれば、背中に何かが飛び乗ってくる=肉食獣に襲われる状況と同じだからです。
そんな本能的な恐怖心を取り除き、「人間は怖くない、頼れる存在だ」と理解してもらうプロセスが必要になります。
2. IQだけでは測れない!馬の「賢さ」4つの特徴
なぜ馬は馴致によって人を乗せるようになるのでしょうか?
実は近年、動物の賢さを単純な「IQ(知能指数)」の数値だけで測るのではなく、「その動物が何を得意としているか」という特性で見る考え方が広まっています。
他の賢い動物たちと馬を比較してみると、「馬がなぜ乗馬に適しているのか」がよく分かります。
① 記憶力:場所と人の顔を覚える天才
- 犬:言葉(単語)を覚えたり、ルールの記憶が得意。
- 象:数十年単位の「長期記憶」がトップクラス。
- 馬:「場所の記憶」と「人の表情記憶」に強い。
馬は「ここの角を曲がったら怖いことがあった」「この人は優しくしてくれた」という経験を映像のように強く記憶します。だからこそ、一度通った外乗コースを覚えたり、自分を可愛がってくれる人を識別することができるのです。
② コミュニケーション能力:言葉よりも「感情」を読む
- 犬:指差しなどのジェスチャー理解は人類以外でトップレベル。
- オウム:人の声を真似る「音声模倣」が得意。
- 馬:「人の感情(怒り・喜び)」を顔や雰囲気から読み取る。
馬は言葉を話せませんが、背中に乗っている人の緊張や、目の前にいる人の怒りを敏感に感じ取ります。「初心者が乗ると動かないのに、先生が来ると動く」のは、相手の自信やオーラを読み取っているからです。
③ 問題解決力:「自分で解決」より「誰かと協力」
- カラス・オウム:道具を使ったり、パズルを解くのが得意。
- 象:鼻を使って器用に道具を扱う。
- 馬:パズルを解くより「協調」を重視する。
ここが馬の面白いところです。カラスのように自分で鍵を開けて脱走するような賢さ(狡猾さ)よりも、馬は「群れのみんなと合わせる」「リーダーに従う」ことを選びます。
この「協調性」があるからこそ、人間という異種の動物の指示にも耳を傾けてくれるのです。
④ 社会性:群れで生きる絆
- 象:家族単位で高度な社会を作る。
- 馬・犬:協調性が高く、群れ行動が安定している。
馬は孤独を嫌い、仲間と共にいることに安心を感じます。馴致を通して人間を「群れの仲間(リーダー)」と認めることで、強い絆を結ぶことができるのです。
3. 恐怖を信頼に変える。具体的な「馴致」のステップ
馬が高い「協調性」と「記憶力」を持っているからこそ、馴致は成立します。
では、具体的にどのような手順で馬たちは慣れていくのでしょうか。
① 環境や刺激への「脱感作(だつかんさ)」
少し難しい専門用語ですが、簡単に言うと「怖い刺激に少しずつ慣らして、平気にする(鈍感にする)」ことです。
臆病な馬に対し、以下のような刺激を与え、「危険ではない」と記憶(学習)させていきます。
- 接触: 体のどこを触られても怒らないようにする(特に耳や足元など敏感な場所)。
- 馬具: ハミ(口に入れる金具)や鞍(くら)を装着する違和感を受け入れる。
- 環境音: 車の音、ビニール袋のガサガサ音、工事の音などに動じないようにする。
② オペラント条件付け(学習)
馬が正しい行動をした時に、すぐに褒めることで、「こうすれば良いことがある(楽になる)」と学習させる方法です。
例えば、「脚(きゃく)の合図で進んだら、首をポンポンと叩いて褒める」。
これを繰り返すことで、馬は「人の合図に従う=褒められる(安全)」と理解し、自ら協力してくれるようになります。
4. クレイン独自の「新馬調教」と馬の個性
乗馬クラブクレインには「新馬調教(しんばちょうきょう)」という制度があります。
インストラクターと複数名の会員さまがチームを組んで6か月かけて1頭の馬を調教する制度です。
これは、競走馬を引退してクラブに来たばかりの馬や、まだレッスン経験のない馬に対し、乗用馬としての「再教育(リトレーニング)」を行う重要な役割があります。
競走馬時代は「速く走ること」が正解でしたが、乗馬クラブでは「落ち着いて、指示通りに動くこと」が求められます。
外乗(がいじょう)コースに出る馬なら、海岸の波音や道路を通るトラックにも動じない精神力が必要です。
これらを教えるのが新馬調教です。
▼ 十人十色ならぬ「十馬十色」
もちろん、教科書通りにはいきません。馬の性格(個性)によって馴致の難易度は変わります。
- 勇敢なタイプ: 初めての水たまりも平気で入る。
- 敏感なタイプ: 小さな物音にもビクッとする。
- 頑固なタイプ: 手入れは好きだけど、耳掃除だけは絶対に嫌!(※耳は汚れやすいので、濡れタオルで優しく拭くなど工夫が必要です)
- 人嫌い・馬嫌い: 過去の経験や性格で、特定の相手が苦手。
人間と同じで、真面目な子もいれば、すぐに飽きて居眠りしてしまうお茶目な子もいます。
馴致とは、マニュアル通りに進めることではなく、その馬の「個性」を見極め、その子に合ったペースで「大丈夫だよ」と伝えていく対話の時間でもあるのです。
まとめ
馬が人を乗せてくれるのは、当たり前のことではありません。
「記憶力」「感情を読み取る力」「協調性」といった素晴らしい能力を持つ彼らが、馴致という学習を経て「人を信頼しよう」と選んでくれた結果なのです。
乗馬クラブで出会う馬たちも、それぞれが様々な経験を積み重ねて今ここにいます。
もしレッスン中に馬が何かに驚いたり、うまくいかないことがあっても、それは彼らが一生懸命考え、学んでいる途中だからかもしれません。
ぜひ、そんな馬たちの心の成長や個性に目を向け、温かいパートナーシップを築いてみてください。
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